2024年合格作文

今年もたくさんの合格作文をいただきました。当塾生および保護者様の合格作文集をご紹介いたします!夢を現実に変えた生徒たちと保護者様の生の声です。

光が丘 生徒作文

  • 未来が見えず、不安の闇の中で溺れていた私を救い出してくれた、こんな私でもできると光を見せてくれたにっきょうには感謝しかありません。
  • 自分が受けるレベルの高校の過去問を早い段階で解き始めたため、「塵も積もれば山となる」という感じにじっくりと力を付けていくことができた。
  • 僕は、この塾のおかげで自分を信じることができるようになった。この先、努力をしなければいけない場面は多くあると思う。ヒマラヤのように高い壁やマリアナ海溝のように深い溝があっても、自分がやることに意味があると信じ、結果は少し先の自分に任せて、その時の自分にできることを精一杯やろうと思う。日教しか勝たん!
  • とても良い塾なので大きくなってほしい。
  • やっぱり、合宿のおかげで強くなれた。精神的にも、体力面でも成長することができた。あんなに密度の高いことをしたことがなかったし、これからもほとんどないと思うから、中学3年の夏に経験できたのは、とても貴重でこれからの自分の支えになると思う。
  • 指導して下さった先生方、本当にありがとうございました!今まで通ってきた塾の中で、日教が1番です!!
  • 私はこの塾に入学するまでは個人塾に通っていました。ですが、あまり伸びることができなかったので、お兄ちゃんとお母さんの勧めで日本教育学院に入りました。最初は団体塾だと質問ができないし、伸びないだろうと思い通いたくありませんでした。ですが先生が丁寧に分かりやすく楽しく教えてもらったおかげで、少しずつ点数が伸びて行きました。その他に夏の合宿では5泊6日間いつもとは違う場所でたくさんの友達と勉強ができ、すごく勉強に集中できました。朝早く起きたり、大変なこともあったけれど、勉強以外にも花火などたくさんの思い出ができました。東京に帰ってきてからは、自習に行ったり授業を集中して聞くことで、学校の成績が上がり推薦を取ることができました。この塾に入れてよかったです。ありがとうございました。
  • 私は日教に入るまで塾が嫌いでした。自分では頑張っているつもりでも、なかなか成績が上がらず、受験をやめようと思ったこともありました。しかし、それを見兼ねた両親が日教の体験授業を受けさせてくれました。日教は、先生たちの授業もわかりやすいし、生徒たちともすぐに友達になれ私は始めて塾を好きになりました。そして、受験を諦めずに続けてみようと思いました。先生たちは、勉強のしかたなど、色々なアドバイスをしてくれました。
  • 一月に入り、受験が近づいてくると、私は受験勉強から解放されるうれしさと、受験生じゃなくなり、友達と会えなくなるさみしさが入り混じり、とても複雑な気持ちになりました。こんなことを思うなんて、五年生のころの私には想像もつかなかったと思います。激励会で私は、今まで努力して積み上げてきた四年間の成果の全てを受験で出しきろうと決めました。そうして私は、志望校の合格を勝ちとることができました。 私は、これからの中学校生活でも、諦めない心を大切にしていきたいと思います。
  • 私は、今年度の受験生の中で一番幸せな受験生だと思います。なぜなら、もうすぐ受験だから焦るだとか、全くなかったからです。むしろ、こんな経験人生に少ししかないのだから自分らしく楽しもう、とそう思っていました。そう思いながら眺めたのは、同じクラスの友達のおかげだといっても過言ではないです。なぜなら、自分がそして友達が辛い時でも、嬉しい時でも本当にどんな時でも、支え合ってきたからです。支え合うってこういうことなんだとそこで初めて学びました。合宿当時は分からなかった「受験は団体戦」という言葉が今では誰よりも理解しているかもしれません。

光が丘 保護者作文

★娘は3年生の時から他塾に通っていました。クラスが多めの塾だったので、活気がある雰囲気が娘には合わず、また親の出番も多めの指導方針だったので親子喧嘩も増えてきて、あの頃は辛かったです。

そんな時、日本教育学院にお子さんを通わせていた方にお話を聞き、体験を受けてみることにしました。お電話で体験の相談をした時もとても親身に話を聞いてくださり、とても心が救われました。娘は新しい環境に移ることを最初は渋っていましたが、体験授業の後には「授業がビックリするくらい静かだった!楽しかった!あの先生の授業がまた受けたい。」と前向きな姿を見て転塾を決めました。通塾をするようになると、すぐにお友達も出来て、楽しんで塾に通うようになったことにとても驚きました。

私が成績のことで口を挟んで喧嘩になるよりは、塾に任せた方が娘も勉強に集中できると考え、ほとんど成績も見ず、日々どのような宿題を取り組んでいるのかもわからないまま、全て塾にお任せしてしまいました。

受験直前に娘が緊張から体調を崩した時も、電話で何度も先生が相談に乗ってくださり娘もなんとか気持ちを切り替えて頑張ることが出来ました。

試験期間中も毎日電話で励ましてくださり、結果を報告すると電話から漏れ聞こえるほどに喜んでくださり、親子でその声に涙ぐんでしまいました。娘の性格を理解してくださり、その子それぞれに合った指導やサポートをして頂いたおかげで志望校にも合格することも出来ました。本当にありがとうございました。

★ひとりひとりに対して丁寧な指導をしてくれたり、ちょっとした変化にも気づいて電話をしてくれたので、安心して通わすことができました。

★娘は3年間本当に楽しそうに通塾しました。6年生になってからが特に楽しそうでした。先生は娘の圧倒的メンター。私が知らない学校での出来事を先生に相談していたことには驚いたと同時にそこまで信頼できるなんて、、、と嬉しく思いました。面倒見の良さに感謝です。

★日教の先生方はオールドスタイルなんだなと思っていましたが(良い意味で)、娘が心から先生方を信頼し、尊敬している様子から、スタイルに古いも新しいもない、いつの時代でも変わらないものもあるんだなぁと勉強になりました。ありがとうございました!

★面談では成績や志望校のことだけでなく塾での子供の様子、クラスの友達関係のことまで細かく把握して頂いたことで私たちも家での接し方を工夫することができましたし、恥ずかしながら子供との接し方を学ぶこともできました。

★先生方の本当に親身な指導と「入試が始まってからも是非教室に立ち寄ってください」と仰っていただいていたこと、最後の最後まで親子ともに励まして頂けたからこそ最後どうなるか全くわからない展開の中でも日教を親子で心のよりどころにできたのだと思っています。

★受験が終わり本人はもちろん、私たちもこの三年間の目標に向けて取り組んだ経験と日教の先生方への感謝の気持ちを忘れずに中学高校生活を楽しんでいきたいと思います。三年間ご指導いただいた総ての先生方に改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。

★合格後、いつから賢くなったのかな?と息子に聞くと「合宿から賢くなったと思う。シールいっぱいもらったよ。見る?」と言って合宿で使った、たくさん金のシールがついた名札を取り出してきました。なんでもすぐ捨てる息子が名札を持っていたことにびっくりしたのと、金のシールの効果が中3男子にあることにも驚きました。勉強だけではなく、子どものやる気の引き出し方は、長年の経験のある日教の先生達だからこそだと思いました。

★こうして日教のチラシにある「みんな地元の子どもたち」だった普通の息子が、高校受験も第一希望の学校に合格することができました。「僕は今、人生で一番幸福です」で始まる息子の合格作文をこっそり読んだ時は、高校受験に挑戦して良かった、日教に通わせて良かったと涙がでました。

武蔵関 生徒作文

  • 「運も実力のうち」言うことを改めて感じたのは、二月一日の試験の最初の教科である国語で、何回か読んだことのある「給食アンサンブル」という文章が出題された事からはじまりました。出題される問題も前と似ていたので、今日は運がいいかもしれないと感じました。二教科目である算数は、一番の苦手科目でこれさえ取れれば何とかなるという思いで臨んだら、前日に復習していた同じ、あまりが出る問題の類題が出題され、今日はもっているとはっきり感じました。その後に挑んだ社会では、前日にお風呂の中で復習した「北里柴三郎」が漢字指定の問題で出題され、問題なく書く事が出来ました。今まで溜まっていた運がすべて使われたかの様な運の良さに自分自身でもおどろき、これはいけるかもしれない!と思いました。
  • もし日教ではないところで勉強していたら、きっと算数はできないままで終わっていたと思います。
  • 努力は裏切らなかった。努力は無駄じゃなかった。私がこの体験を通して伝えたいことは、努力は報われるということ、報われないことがあってもそれは絶対に無駄でないこと、力になること。
  • 日教はブランドだと思う。偽物ではなく本物がそろっているように感じる。顔をくしゃくしゃにして笑い合える友達や、質問にいつでも的確に答えてくださるとても熱心な先生方など、僕は何度も救われた。他塾に長くいた経験もあって、この違いには驚かされた。また同時に救われた。少し狭いビル、使い古された机や汚れたお守り、受験当日に使ったカイロの袋まで好きになるほど、日教はパワーを持っている。
  • まるで広告のようになってしまうのだけれど、日教は特別な塾だと思う。
  • 自分は最初、自分の志望校だけまじめにやればいいという甘い考えを持っていた。しかし、他の学校の過去問が稀に入試に出てくることがあると聞き、志望校以外の学校もまじめに解こうと思った。
  • 実は私は過去問十三年分を四周しました。これは先生に言ったら怒られると思ったので内緒にしていました。万が一の事態も考えて勉強し、気負いすぎないようにと何度も言われました。が、文化祭で話をした二人の先輩は十年分を二周していたため、自分はそれ以上の事をしないと到底合格出来ないと思ったのです。
  • 毎回クラスで順位が出て、順位によって席が変わる制度があったためか競争し合って力を伸ばせました。このようなことを、三月の終わりごろから翌年の二月の初めまで、約十一か月間、百二十回も重ねたことが本番で力を発揮することに繋がったのだと思います。
  • 日本教育学院はその努力をすることを他の塾と比べ、とても激しく主張してくる場所です。
  • 激励会のとき、緊張と恐怖、興奮といった入試に対しての様々な感情が入り乱れていました。そのため、足が少し震えていました。しかし、最後に「不来方の」を全員で叫んだとき、その足の震えは消え、力が湧きおこるような感覚がしました。その時、私は仲間が一丸となって起こす力をより一層強く感じることができました。私はこのように励まし合いながら、個々人が強くなり、集団としても強くなるという本当の仲間の姿に気付かされました。
  • 僕はその友達を通して、自分のしてきた努力がただの自己満足になり下がっていると気づく事ができ、やりたい事や不安をこらえて目標達成まで走り続ける心を育てられたのだと思います。

武蔵関 保護者作文

★親子共々最後まで頼らせて頂き感謝しかありません。勉強だけでなく心も成長することができました。本当にありがとうございました。

★神社で願いが叶うと言われているコイン投げも、家族の中で一人だけ入らず、ふてくされて帰っても、埼玉受験の初回、前夜、緊張で眠れず不合格でも、二月一日、本命の学校の受験票を敷地内に落とし、見つけて下さった方に、「落ちましたよ!」といわれても(笑)、娘は本番の試験さえできればいい!という動揺しない強い意志が、結果を出せたのだと思います。

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